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第6話 煌めきの都市防衛戦 後編

2009.03.09 *Mon
 だから、胸騒ぎなんてなくなってほしい。

 前線を外れ、路地を回ればそこは無惨な遺体が幾つも転がっていた。数自体は少ないが、転々と、真新しい染みが石畳に浮かぶ。
 日が暮れる。夕焼けが眩しかった。影が徐々に深く、濃いものへと変化する。伸びる影が後ろからついて離れない。喧噪は遠く、人の気配がなかった。皆何処かの補助へ回ったのだろう。誰もいない。ひとりぼっちだ。
 彼等は恐らくどさくさに紛れて便乗していただけだと、セティールは片隅で予測を立てていた。現に倒れた帝国兵の切っ先におびただしい血痕が残っていた。最早黒ずみと化している。帝国兵が本格的に上陸していた側へ辿り着くことなく、その殆どが道中敗れ去ったのかもしれない。
 白目をむき、苦悶の表情を浮かべた亡骸が壁にもたれ掛かっている。息があるものもいたが、セティールはそのまま素通りした。思考を排除する。余裕なんてなかった。
 遠くから見るこの都市は、水面の輝きも加わり、さぞ美しいはずだと想像したくなった。しかし寸前で止めた。

 血だまりに足を突っ込む。まだ新しい。裾が黒に染まる。
 きっと本当の戦争に突っ込んだら、全身が黒色になるだろうなと、先程から妄想ばかりしている自分をセティールは笑った。
 あくまで視点は正面を見据えたまま、色褪せた記憶がフラッシュバックしていく。見覚えのある男の服装。倒れた人間が脳裏を過ぎった。
 下方で柔らかい感触が襲う。次に、折れた音。耳ではなく、体を伝い感じた。
 踏みしめた大地が彩られている。けれどあの時はもっと壮絶だった。壁に飛び散った鮮血と、見せしめに頭蓋から口腔へと刃が貫通した磔。屋内から辛くも逃げ延びた女性もいた。乱れた衣類を正そうとしないまま、一心不乱に外へ飛び出し、背中を一刺し。絶命した。彼女の足下には数時間前まで血の通った人が、肉塊となり散乱していた。生きた人間は帰り血も、付着する頭皮や皮膚など気にせず、家を漁り、欲望のままに蹂躙し続けた。歪んだ笑みを回顧する。なんとも現実味のない奇妙な絵画だった。
 茜が差す。焼ける匂いも嗅いだことなど無いに等しいのに、ましてやあの時は五感など存在しなかったが、妄想が現実を浸食し始める。死臭に嗅覚が麻痺していく。
 一帯には骨と甲冑、帝国兵が切り裂いた屍が敷き詰められている。噎せ返るほどの臭気に何度も耐えた。

 何処かの誰かが同じように、同じような格好で、立ち尽くしていた。いつかみた光景。遠くに影がセティールの前に二つ浮かんだ。
 中身がそっくりなフィルムを回し、過去と現在が入り乱れる。果たして今、どちらに向かって自分は走っているのだろうか。
 彼女は頭上を仰いだ。頭一つ分違う背丈だった。つぶれた片目。独眼の向こうに、何を捜したのか。セティールは知らない。別に、どうでも良かった。
 そう、そんな些細なことはどうでも良い。
 彼女は愛槍を握りしめる。震えていた。男の手から振り下ろされる刃が一つ。しかし構えることも受けることもない。
 だから、セティールは躊躇わなかった。

「……え?」
 数秒の沈黙が下りる。
 彼女の目の前には今何があるだろうか。何かがきっと男から生えたと勘違いしている。そう、いつか似た状況を焦点の合わない目で眺めていた。
 初めて人を切ったわけではないが、何故だろう、無性に哀しい。
「セティ……」
「見るな」
 手袋は得体の知れない液体で濡れそぼっていた。柄を伝い、垂れる。生暖かい水が肘から落下した。体の前面、特に腹部周りは悲惨な状態だとは、簡単に察せた。
 男から力が抜け、体重が掛かった。セティールは背後から突き刺した剣を引き抜いた。しかし、途中で引っかかり上手く抜けない。無理矢理引けば、鮮血が溢れた。しぶきがあがるものではない。単に腹部から流血しているだけだ。今から治療しても助かる見込みは皆無に等しいだろう。医学の知識が豊富ではないため、断言は出来ないが。脱力した体はあっけないほど弱々しく、床に倒れ込んでいた。
 正直セティールは、当然ながら鏡が目の前に無くて良かったと安堵していた。自分が今どんな目つきをしているか。分かるからこそ理解したくなかった。

「いいんだ、お前はそのままで。変わらなくていい」
 緩く微笑んだ。ちゃんと笑えた自信はない。奇妙だと嘲笑した。誰かを刺し、直後に笑えるとは、本当におかしかった。
 セティールは座り込んだエルの手を握り、そのまま近場の室内へ押し込めた。怯えを湛えた眼差しで、彼女は見上げた。彼女の方角からでは背後からの逆光に遮られ、セティールの表情を伺うのは難しかった。
 どうして恐怖を抱いているのか、震える理由もセティールには把捉出来なかった。ただ、泣き出しそうだから、あやすようにその背を叩いた。
 今まで規模が大きな争いには、巻き込まれたことがなかった。大きいとは事件ではなく、一つの戦場大勢の人が死ぬ数を指す。セティール自身も胸中恐怖感を抱いてはいたが、無理に虚勢を張った。誤魔化してでも、立ち止まれなかった。自分が立ち止まっては、後ろ手で引っ張ってきたエルも同時に止まることになってしまう。それは避けたかった。
 彼女からはいつもの覇気が全く感じられない。ここで待機しているよう告げ、セティールはこの場を立ち去った。

 直ぐさま雑念を振り払い、第一線に復帰したものの、穴埋めの必要性は特になかった。珠魅の騎士達にも何処か余裕がある。
 帳が降りる頃、やがて帝国兵が一斉に動きを止めた。動きは酷く機械的で、微動だにしない。全員が明後日の方角を向いていた。笛の音が響き、鳴りやむと同時に亡霊兵士が剣を構え空間を切り裂き、姿をくらました。生身の兵士もいつの間にかいない。人影が消えた。遠方で小舟が揺られ、彼方へと撤退していた。
 残ったのは、盗賊の亡骸と、無数の骨の残骸。争いの痕跡だけだ。また、核が幾つか転がり、粉砕され原形をとどめていないものもあった。
 まず静寂を破ったのはパールである。彼女の一声により、騎士は全員武器を収め、治療を必要とするものを一カ所に集め始めた。避難していた者も上層部から駆け下りてくる。各自、己の役割を全うしようと行動していた。
 珠魅以外に生き残りはいないのか。セティールは周囲を顧みた。先刻の男が気掛かりだった。
 酷い有様だった。通路の凄惨な光景に、目を背けている人もいた。忘却してしまえるなら、セティールも顔を伏せていたかった。

 結局判明したことは、珠魅以外の生き残りは先刻手に掛けた男と、他少数に終わった。間一髪で生き延びていたらしい。凄まじい生命力だと、瑠璃が感心していた。帝国兵は死体も負傷兵も発見しなかった。
 傷ついた亡骸を、一体一体運び、通路に並べる。数は多くない。突き刺さる剣を引き抜くとき、散らばった破片を回収するとき、皆苦悶の表情を浮かべていた。
 砕けた核も同様である。一部は涙石により死の淵から蘇ったものもいるが、細かくなった核は戻らなかった。半不老不死の彼等にも死は確実に存在する。パートナーの騎士を失い、何人かの姫が静かに涙を零した。使えなかった涙石が、床上に散った。
 一通り収拾がついた頃には深夜を回っていた。
 道の端に瓦礫の山が築かれている。その手前には整列された遺体。一人一人麻布が掛けられ、様子は分からない。明日、日が昇り次第丁重に埋葬しようと決定した。負傷した賊は傷をいやした後、一カ所に捕縛しておく形になった。後日処分は考えるらしい。しかしいくら片付けても、路は鈍い輝きのまま、鉄の臭いが残留している。
 エルはまだ戻らない。もう暫く一人にさせておこう。セティールは大剣を取り出した。手入れもしないままの刃には血液が付着していた。
「どうしてこんなことになったんだ」
「静かに暮らしていたいだけなのに、私たちは物じゃないのに」
 次々と嘆きが耳に届く。歯痒さに、セティールは拳を強く握りしめた。破けた手袋から血が滲んできた。爪で抉れてしまっていた。

「駄目よセティールさん。自分で自分を傷付けちゃいけないわ」
 不意に、柔らかな感触がした。驚き、顔を上げる。照れくさそうに彼女は笑って誤魔化した。治療の手伝いをしていたのか、衣類や顔の所々に汚れが目立つ。
 人混みの中、エメロードはセティールを見つけ、しばしの躊躇の後、その手を取っていた。強くしめられた拳を開き、両手で掌を包む。
「悪い」
 決まり悪げに、セティールは謝罪した。エメロードは首を振る。
「ううん、あたし、やっとねセティールさんが前から話していたこと、少しだけ理解できた気がするわ。でも当の本人がこんなことしていたらおかしいじゃない」
 微かに楽しげな声音が混じっていた。傷口を痛めない程度に強くセティールの手を握る。何かを覚悟した面持ちだった。
 彼女はくるりと一回転をして、周囲へ向き直った。

「みんなにも聞いて欲しいの」
 大声ではないのに、全員の動きが抑制され、彼女の言葉へと意識が傾く。
「あたし、ずっと考えていたわ。珠魅は確かに涙を取り戻した。けれど現状としては以前と全く変わらない生活だったわ」
 確かに仲間は増えたものの、忍ぶ環境は何一つ変化していない。彼女自身、ジオに戻るのにも苦労したことを語り出した。
「それで、ジオにいたときもずっと考えていたの。今はっきりそう感じるわ。外に出なきゃ、変えようとしなきゃ変わらないって」
 どよめいた。一時騒然となる様を、パールが声を張り、抑える。そのまま続きを促す。
 エメロードは胸の前で両手を組んだ。内心逃走したいくらい怖かったが、彼女は勇気を振り絞って耐えていた。掌に温もりが残っている気がして、ほんの僅かだが満たされた気分になった。
「あたし達昔から狩られたり、他人を信用していなかったわ。友愛って言っても、仲間内だけで多種族に対しては壁があったもの。でも仲間内だけの愛じゃ駄目なのよ。他人を愛せなきゃ。誰も信じられないわ。段々信じられる人がいなくなって、涙も枯れてしまう」
 過去互いに疑心暗鬼に捕らわれ滅び掛けた都市。物静かに佇んで彼女の心の叫びを黙って聞いていた。
 緑の髪が揺れた。彼女は首を振り、力を込める。
「でもそれじゃ駄目。知ってもらわなきゃ、珠魅を。教えなきゃ、あたし達も痛いんだって。だってそうでしょう? あたし達だって、今までずっと誰も信用しないで、珠魅すらも仲間さえも信じられなくて。ようやく、やっとの思いで、セティールさんたちを通じて理解したんだから」
 彼女は静かに目を閉じ回想する。焼き付いて離れない魔法都市での出会いと、初めて知った、珠魅の真実。何よりも自身の死。その課程でそれは起きた。

「あたしね、一度ジオでお姉様達の核を探していたことがあるの。その時宝石を持っていた人に、その核は姉だから返してくださいって言ったの。最初、頭おかしいって思われたわ。宝石奪おうとしているんだって。知らない人は知らないのよ、珠魅のことを」
 騎士代理を務めたこともあり、セティールはよく覚えていた。泥棒のようなことばかり行っていたため、あの時は少々理性とか色々鈍感になっていたような気がする。
 エメロードから姉の核探しを依頼され、ジオをくまなく探索したのだが、最後の一つだけがどうしても発見できないでいた。最終的にもう一度最初から見直そうという提案により、日が暮れるまで町中を歩き回っていたはずである。
 互いに疲労困憊で、一度休憩しようと訪れた喫茶店にて、核の煌めき、つまり共鳴反応を感じ取ったのが始まりだ。突然エメロードが植木を漁り始めても、最早道徳の感覚が鈍くなった状態で、セティールはその場で目撃していたものの制止することはなかった。ドミナにいるティーポと同タイプの魔法生物が激怒するのも当然だった。流石に暴力はよくないと止めておいたが。
「でもあたし、話してみたわ。珠魅がどういう一族で何が起きているのか。同情でも、姉様を返してくれた。人間から見れば馬鹿みたいな金額を手に入れられる宝石をよ」
 号泣しながらティーポット型魔法生物、同種であるからティーポと略すが、彼女はあっさりと核を手放した。余談として、以前より欠陥が報告されていた初期型ではあるが、あの後水を流しすぎたティーポが修理に出されたのを二人は知らない。
「どうしてかな、あたしはそのとき宝石じゃなく命があるって、ようやく人として向き合えたような気がするの」
 一度、エメロードは静かに周囲を眺めた。恐怖に駆られるのも無理はない。今彼女は珠魅に対して昔から根本にあるものを否定しているのだ。嫌われたら、一人になったらどうしよう。こんなことして許されるのか。目を背けたままの方が幸せではないのか。様々な感情が渦巻き、頭を出してはエメロードに囁きかける。
 けれど彼女は倒れなかった。

「勿論最初から宝石としてしか価値を見いださない人もいると思うの。そればかりはどうしようもないかもしれないわ。でもね、やってみなきゃ分からない。中には、気付いてくれる人もいるかもしれないわ。そのきっかけが必要なのよ。教えたり、向き合ったりしなきゃ、理解なんて出来ないわ」
 断固として、エメロードは譲らなかった。これから沢山辛いことも知るだろう。けれどエメロードはきっとそれだけではないと信じていた。それだけは譲歩したくなかった。胸中にあるのは魔法都市での生活。例えば師であるヌヌザック。彼の過去の経歴、悪評は噂で十分理解していた。けれど今の彼はどうだろう。エメロードは考える。

「今だからこそ都市に籠もらないで外に出て、他人を知らなきゃ。また忘れちゃうわ。大事なこと。無言でいるならただの石ころにだって出来る。それが今のあたし達」
 記憶に、体に染みついた珠魅狩りの恐ろしさ。毎日それらに怯えて暮らすのはもう沢山だった。エメロードの発言は、誰も否定できなかった。内心反感を買っているかもしれない。けれど珠魅の中で互いを思いやる心を思い出した今なら大丈夫だと、確信している。
 セティールは黙って離れた。彼等の問題に対して、自分は口を挟むものじゃないと知っていた。とりあえずはエルを迎えにでも行くとしよう。
 眺めた先には、風もなく、海は穏やかに揺らいでいた。結界の修復は完了したようで、都市の周囲には何もない世界が広がっていた。願わくば、嵐が二度と来ないことを。
 一陣の風が吹き抜け、不浄の気配もろとも運び去る。残ったのは血ぬれた姿で、鈍いながらも、内に確かな輝きを秘めた都市が、誇らしくそびえ立っていた。



「エメロードがそのようなことを。いえ、まずは貴方がたにお礼をしなければいけませんね。本当に、ありがとうございます。ところでエルさんが怪我をしたと、伺ったのですが」
「ん、なんとか平気。大丈夫だって」
「無理はせず、何処か辛いことがありましたら、いつでもおっしゃって下さい。貴方がたには助けられてばかりですから」
 玉石の座に鎮座したまま、蛍姫は優しく微笑んだ。
 一夜明けた煌めきの都市にて、セティールとエルは事後報告も兼ねて蛍姫の御前にいた。蛍姫の左右にはディアナとレディーパール、そして瑠璃が待機している。
「エメロードについて特にこっちが口に出すことじゃないと思いますが、できればきちんとした形で話を聞いて欲しいとは考えています」
 セティールは蛍姫に告げる。物寂しく、彼女は胸に手をあて、数秒沈黙した。
 涙を取り戻した後も、なお希望の象徴として使命を全うする蛍姫だが、彼女の瞳から憂いが消えることはなかった。彼女は頬に掛かる亜麻色の髪に指で触れ、愛しそうに笑った。何かを思い出す素振りだった。長く伸びたスカートを正して、彼女はセティール達に向き直った。

「彼女の話は、私も昔考えたことですから」
「蛍、しかしそれは」
 パールが口を挟んだ。気にせず蛍姫は続けた。
「ええ、そうですパール。あまりにも無茶で、無謀であると分かっていました。だから決心できず、誰にも告げず、胸の内にしまい込んでいたのです。アレクサンドルを除いて」
 禁忌とされた名にディアナは眉を顰めた。蛍姫とアレクサンドルの関係は知られていたが、公の場での発言は可能な限り控えるよう、ディアナから伝言していた。未だ混乱の残る都市に、事情があるとはいえ、一度一族を裏切った者の名を出すと余計に沈静化が難しくなるからである。
 しかし今はディアナや側近を除外すれば一部の関係者のみしかいない。深く追求することはディアナは止めておこうと決めた。代わりに溜息を零す。随分と人間じみた行為をするようになったと、彼女自身気付いていた。何より先日恋人にその点を指摘されたばかりである。少し嬉しいような複雑な気持ちになった。
 蛍はディアナを一瞥した後、発した。

「確かに私たちは涙を取り戻しましたが、未だ珠魅狩りの問題が残されています。都市の内部でも時折その話題が浮上し、尽きることがありません」
 世間に珠魅が復活したことを知られたら、また珠魅狩りが起きるのではないか。名も知らない珠魅が呟くのを、セティールはずっと記憶していた。珠魅の都市が復活して間もない頃である。案の定直ぐに珠魅狩りが復活し、しばらくの間混乱が多発した。落ち着きを見せた今日ではあるが、今回の騒動の発端である謎の噂もあり、また数日は混乱が起きるだろうとは誰しも予測できた。
「このような状態だからこそ、確かに周囲を知る必要性があるかもしれません」
「エメロードに対してお咎めとかはなし、ってことで良いのかな」
「エルよ、何度も注意しているが、せめて姫の御前では口調をもう少しましに出来ないものなのか」
「私は構いませんよ。エメロードのことも特に問題はありません。もう少し彼女の話を聞いて、今後を相談していきたいと思います」

 蛍姫は、ふと、追想にふけった。アレクサンドルが騎士となり、間もない頃の話である。どうしてみんなで仲良く暮らせないのか、幼い蛍姫はアレクサンドルに質問した。返答に困り果て、彼は笑っていた。その時蛍はエメロードとほぼ同じ発言をしていた。今でも簡単に思い出せるのは、頭上を柔らかく撫でる彼の手の感触と温もり。そうなればよいですねと、彼は確かに同意を示してくれた。
 彼女自身、無意識のことではあるが、もしかしたらこれらが実現すればアレクサンドルが戻ってきてくれるかもしれない。そんな希望も抱いていた。
 隣接したパールと瑠璃を眺める。彼女の騎士であり、羨望の対象の二人だ。時折、この場を捨てて、彼を探しに行きたくなることがある。けれど一族を置いていくなど彼女に出来るはずがなかった。珠魅を愛しているのも、確かに本当の気持ちであり願いだった。
 彼女の胸中など分かるはずもなく、セティールとエルは一礼だけ清ませた。

「私と瑠璃は都市をに残ることにしたよ。今度のことは私達だけで解決していこうと思う。迷惑ばかりかけてすまないな」
「けど何かあったら連絡しろよ。俺もあんた等を助けたいからな」
 背後で甲高い鳴き声が聞こえた。二人は彼等に手を振り、出口へと向かう。
 途中視線を感じ、セティールは顧みる。辿った先で目が合う。意地悪げな笑みを見せると、相手は苦笑を浮かべた。セティールは何もいなかったことにし、先を進むエルの後を追った。
 外ではスカイドラゴンが待機していた。周囲の護衛をしていた珠魅が戸惑い気味にこちらに助けを求めてきた。少々派手すぎるペットの登場の仕方は、一度しつけを行う必要があるかもしれない。見慣れていなければ、道ばたの魔物と間違えられる可能性すらある。足下に落下してきたカードを拾い上げ、二人は飛竜の背に乗った。

 落ち着いたところで、改めて手の中の紙切れを確認した。装飾の施されたカードの端に羅列した文字がある。筆跡に見覚えがあった。内容は、文面には帝国の動きに気をつけろと、警告じみたものが書かれてあるだけだ。セティールは首を傾げたものの、気にせずポケットにしまい込んだ。
 微かな衝撃を受け、結界を抜ける。目の前にカモメが突っ込んできて、慌てて頭を伏せた。カモメ側からすれば恐らく、突然障害物が現れたようにしか映っていないだろう。早鐘を打つ心臓を抑え、睥睨した。エルが堪えきれないと言わんばかりに笑っていた。
「確率的には低いけど、もうちょっとで直撃だったね。大丈夫?」
「ちっとも心配する声じゃねぇけどな」
 ずれ落ちた帽子を拾い上げ、被り直す。エルはずっと笑い続けている。奇妙なくらいいつも通りだった。先日の取り乱した姿が霞むくらいだ。
 セティールはエメロードの演説後、彼女を匿っていた場所へ戻った途端、何故か一撃を食らったのを思い出した。顎先を撫でる。顎が未だに痛むのはそのせいだ。一発殴った後、エルはセティールに対し一気に捲し立て、暴れた。意味不明な言語で喋っているようにしか耳に入らなかったものの、要約すれば戦いの邪魔をしたり、勝手に置いていくな馬鹿野郎というものだった。放置したは当てはまるが、邪魔をした覚えはなかった。戦意喪失していたのは明らかに彼女だったのだから。
 とにかく、そこにいたのはいつも通りの彼女であり、逆に数時間で立ち直った彼女の行動が奇異に感じられた。しかしセティールは特に問い質したりはしなかった。
 エルは何かつぼにはまったらしく、未だに笑い転げている。そろそろつっこまないと、笑い死んでしまいそうだ。でも笑っているのならそれで良いとも思った。
 多分、踏み出すのが怖かったのだ。

 数十分後、二人は大陸へと戻ってきた。スカイドラゴンは旋回飛行し、空中を泳いだ。
 相変わらず荒廃した土地は砂まみれで、上空にいながらも砂埃が浮遊していた。外套を被り直す。傷口は回復したものの、服は破けたままで、一旦家に帰るか何処かで調達する必要があった。セティールはスカイドラゴンにこのまま自宅へ向かうように指示する。
「ねぇ、あれチョコボじゃないかな。2頭いるけど」
 エルがセティールの裾を引っ張り、地上の一点を指さした。確かに黄色い物体がある。高速で移動するスカイドラゴンを止め、急いで地上へ降ろして貰う。一緒に帰れない名残惜しさからか、飛竜のイルヴァは哀しそうに鳴いた。その頭を撫でてやり、今度遊ぼうと言い、セティールは先に帰宅させた。
 先程見つけたものへ接近する。上空から発見した黄色い物体は、間違いなくチョコボだった。しかも二人が乗ってきたペットである。基本的にしつけはセティールが担当しているものであり、古参のペットであればあるほど、命令違反をすることはなかった。けれどこの2頭は先日帰るように指示したはずだ。どうして未だに帰る素振りを見せないのか。
 改めてチョコボの背に乗っているものを見て、セティールとエルは互いに仰天した。

 最初は花束があると勘違いした。色とりどりの花々の隙間から、すらりとした腕が伸び、力なくぶら下がっている。端正な顔立ちはそのまま、瞼は伏せられ、唇は少々青ざめていた。外套もなしに一晩中ここにいたのか、もしくはチョコボが何処かで拾ってきたのか、砂で汚れてしまっている。勿論息はある。気絶しているだけだった。

 何故彼女がいるのか、声を掛けようと、セティールが手を伸ばしたところで、額に衝撃が走った。幸い急所は外れていた。
「たいへんよたいへんよ! ポルポタでね兵隊さんがたーっくさん集まってたのよっ。そうしたら女の子がね攫われているじゃない。きっと誘拐だわ身代金たっぷりとられるのよ!」
「で、お前は他人を襲撃してなにがしたいんだ、言え」
 血が垂れた。想像以上に痛みが酷い。セティールは笑顔を貼り付け、ペリカンの翼を強く引っ掴んだ。魚ではないが、三枚におろしてやろうかと思考する。
 アマレットは我に返ると、怖々と手紙を差し出してきた。
「セティールにその娘から手紙を預かってきたのよ。お願いだから離して頂戴。ミーはとっても怖いの怖いの」
 放り投げればアマレットは速攻で飛び去った。
 急いで開封した手紙は2日前の日付が記載されていた。丁度煌めきの都市にいたため、アマレットが発見できなかったのだろう。紙面にはフラメシュが拉致されたこと、助けて欲しいことが記されていた。送り主はエレ。目の前で気絶している彼女からのものだった。

 はてさてどうしたものか。悠長に目が覚めるのを待っている猶予はないのかもしれない。
 昨日の穏やかな海が懐かしい。
 顧みても、砂嵐が吹き荒び、海も空も見つからなかった。
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やなぎめし

Author:やなぎめし
最近の迷言:いつだって難産



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絶賛応援中


素敵企画を発見したので思わず。



本編目次

全14話予定

セイレーン編
第0話 世界の象徴
第1話 長くも短くもない一日( )
第2話 人魚の願い( )
第3話 鳥乙女の願い( )
第4話 寄り道道中( )
第5話 閑話休題( )
第6話 煌めきの都市防衛戦( )
第7話 旧時代
第8話 人形の願い
第9話 少しだけ長い一日

聖域編
第10話 鏡面世界
第11話 とても短い一日
第12話    の物語
第13話 聖域へと至る軌跡
第14話 ふたりぼっち
エピローグ

以降小出しにて更新中(現在第7話迄)



番外編目次

【時間軸】
ゲーム本編中:

サイト本編中:
現実と理想の差異による只の散歩
サイト本編後:
瑠璃くんの無駄に長い一日



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