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第6話 煌めきの都市防衛戦 前編

2009.03.09 *Mon
 チョコボの背に乗り走り去るバドとコロナを見送ったのが、遡ること2日前。

 リュオン街道にある途中のY字路にて、双子と別れた。左がドミナ方面、右が煌めきの都市へと向かう道である。都市の路とは言っても、都市自体が途中海を渡らなければ辿り着けない所に浮かんでいるため、海を渡らなければだだっ広い荒野が広がっているだけの何もない土地へ続いているだけだ。昔は何かあったのかもしれないが、跡地すら見受けられない。思考しているから、映らないだけかもしれないが。
 先日白の森から帰る際、地図を広げ、意外と都市への道程が近いことが初めて判明した。あまり地図を確認しない為失念していた。
 瑠璃と真珠の誘いもあり折角なのでエメロードや他の珠魅の仲間にも挨拶をしろと、半ば無理矢理可決された。拒否権はない。正直セティールとしては双子を途中で帰すのが少々気掛かりであった。だがバドもコロナも、当初と比較して随分と逞しくなったし、ここからは一本道のチョコボ付きなので、滅多なことがない限り問題はないはずだった。
 別れ際、任せろよ師匠と力強く肯定していたバドだったが、どうせならと、代わりに交換条件を提示されてしまった。今度一緒に冒険に連れて行くこと。修行に付き合ってくれること。コロナからは買い物の荷物持ちになれとのこと。大型家具がほしいんだとか。以上、条件を3つも半ば無理矢理承諾する羽目になってしまった。しかも全て矛先はセティールである。男尊女卑とはよくいったものだ。この家では逆のような気がすると、ようやくセティールは薄々勘付き始めたが、時既に遅し。

 2頭のチョコボが、荒廃した土地をひたすら進む。以前は頻繁に訪れ、通い慣れた道が久しく感じられた。
 砂埃が舞い、外套で目元を深く覆った。一帯だけのものではない、砂漠から飛んできているのだろう。少し脇に逸れればデュマ砂漠がある。別名サボテン君の故郷。流石に暑いのでこれ以上近寄りたくない。
「真珠ちゃん、こういうとき瑠璃の脇辺りを擽ってみると面白いかも」
 実に物騒な発言が後方から聞こえた。
「あんた、真珠に悪知恵を入れるのはやめてくれないか。大体目の前のそいつで試せば良いだろう」
「だってセティ耐性ついて面白くないの」
 しかし慣れるまでが拷問だった。
「新たな生け贄よこんばんは、瑠璃」
「やめてくれ、あんたが言うと洒落にならん」
 ふっと遠い目をしたセティールの発言に、溜息をつく瑠璃がいた。
 何事もない穏やかな時間。

 悲鳴が聞こえた。
 反射的にチョコボを静止させる。数歩遅れて瑠璃達を乗せたチョコボも止まった。
 耳を澄ます。ここから真っ直ぐ。その何処かからあがった。道が道なだけにまさかと、不吉な予感がする。直線距離で1キロくらいか。砂埃で視界が奪われ、遠方を確認できない。
「煌めきを感じる。まさかさっきのは珠魅か」
「可能性は高いな。普通こんな所通る物好きはいないしな」
 返答しつつ、直後、チョコボを旋回。発生源へと向かう。
 やがて、砂嵐の中人影が浮かび上がってきた。目視で2つ。気配は3つ。

 セティールと瑠璃がほぼ同時に飛び降りた。
 眼前では倒れ込む人物に、何者かが刃が振り下ろそうとしていた。直前。至近距離で敵の懐に飛び込んだ瑠璃が獲物を受け止めた。火花が散る。
 彼の後方からもう一つ影が差す。腰元の短剣を抜く動作。しかし柄に手をかけた状態で制止された。影の首元には刃物。側面から回り込んだセティールが動きを止めていた。
 突如、瑠璃が相手をしていた人物を、チョコボが勢いよく吹き飛ばした。側頭部を思い切り蹴り飛ばし、勢い余ってそのまま駆け抜ける。数メートル先でようやく興奮状態が治まった様子だ。
「ああ、すまない、加減を間違えた」
 何事もなかったように、嘶くチョコボをしずませ、パールが戻ってきた。
 いつの間に切り替わっていたのか。黒い真珠の核を胸に宿した姿が。真珠姫と同一の存在であるが故、異なる女性がいた。あえて説明する必要もないため、ここでは割愛するとしよう。彼女は真珠姫であり、パールであるだけ。今はパールが表に出てきていた。
 蹴られた人物は昏倒している。多分気絶しているだけだと信じたい。多少記憶が飛んだかもしれないが。

「まぁそれはさておき」
 半ば呆れつつも、セティールは刀身をちらつかせた。逃げようと腰を浮かせていた男が呻く。
「お前、ここで何してたんだ。答えろ」
 セティールは目を細め、男に問う。生易しく相手に拒否権は与えない。これはただの脅迫。
 傍らでは気絶した珠魅を、エルが介抱していた。頭部から血を流しているが、核に傷はなく、命に別状はないだろう。
 男の身なりは特に賊らしい装束ではない。どちらかといえば、そこらへんを放浪する冒険者と同じだ。軽装に、短剣を腰に巻いている。頭はぼさぼさで、目はやや窪んでおり、少々顔つきの印象が悪い。あまり利口そうには見えなかった。
「……噂を聞いたんだ。帝国の奴らが、珠魅を狙ってるってな」
 観念してか、恐る恐る男が口を開いた。
「何か気配がぼんやりした奴で、とりあえず、女だった気がする。けど誰が話していたのかなんていちいち覚えちゃいねぇ。でもそいつが言ってたんだ。帝国が、最強の兵器を求め、他にもエネルギー源を捜してる、目をつけたのが珠魅の核だとさ。ありゃ確かに良質の宝石だが、俺等にゃエネルギーなんだとか言われてもピンとこねぇ」
 曰く、男は適当な酒場で飲んでいた際、酒の肴にと誰かが囁くのを耳にしたらしい。肝心な容姿ですら性別と気配が薄いだけでは、どんな人物なのか全く見当が付かない。
 確かに帝国は火器を求めているという話は、以前エレの情報により知っていたが、珠魅の核云々は初耳だった。
「けどな、この付近に珠魅が居るっていちいち場所まで指定してやがったんだ。でもよくわかんねぇ話だし、見つければ一攫千金、興味本位で、くりゃ、なんかいるしよ」
「で、襲ったと」
 瑠璃は眼光を鋭く、相手を睨め付ける。男がたじろいだ。口を半開きのまま止まる。最早欠片の戦意すら相手から感じられなかった。圧倒的な戦力差を前に、明らかに相手は畏縮していた。

「もういい、貴様は暫く眠っていろ」
 言い捨て、瑠璃は素早く相手の鳩尾に、柄を思い切り打ち付けた。男が悶絶する。苦悶も、まだ死ぬよりは遙かにましである。以前は異なるだろうが、今の彼等は決して人間を相手に殺さないし奪おうとしない。今の彼等は傷付け、傷付けられる痛みを知っているからだ。魔物に対してはまたベクトルが異なるが。
 セティールは用済みとなった大剣を鞘に収めた。
「エル、そっちの具合はどうだ」
「大丈夫、気絶してるだけみたい。傷も特に深くないから、とりあえず止血だけはしておいたよ」
「すまない。また世話になったな」
 エルの元へパールが近付く。傍らで膝をつき、腕の中の珠魅を穏やかな目で見詰めた。珠魅の女性は頭部に真新しい包帯を巻かれ、静かに眠っている。胸の透明度のある宝石が輝いた。
 パールが軽々と女性を抱えた。
「このチョコボ3人乗りは可能か」
「多分無理だろ。ちょっと待ってろ。多分呼べばくるから。あいつらよくこの付近にいるしな」

 パールの質問を受け、セティールが手で静止した。ポケットからいくつもぶら下がった細い管を取り出した。笛である。幾つもある中から、空色の文字が描かれた笛を選択し、息を吹き込んだ。
 何も響かない。確かに共鳴しているが、人間にはとても聞き取れない周波数だった。セティールはペットを飼う際、必ず訓練させることがある。そのうちの一つがこの笛だった。特定のマナの波動も発しているため、近場にいれば、対象のペットの召集が可能である。欠点としてはあまりに遠くだと反応しないことが一つ。
 幸いにも、今回目的の彼女は意外と付近にいた。風を裂き、姿を現す。見上げれば、頭上に通常よりも一回り大きな飛竜がいた。スカイドラゴンのイルヴァである。セルヴァからもじったのは本人には秘密のこと。
 彼女は遙か上空を優雅に泳ぎ回っていた。その後方には大カンクン鳥。時折、呼びかければカンクン鳥は手を貸してくれる場合がある。幸い、この場所はカンクン鳥の散歩ルートの途中だった。本当に来てくれるかどうかは非常に怪しかったが、やってみるものだと、セティールは自身に感心した。

「カンクン鳥は3人ぐらいまで乗れるから、瑠璃達はそっちに乗ってくれ。近くにいるのが同族なら安心するだろ。途中目が覚めたら厄介だしな」
 舞い降りた怪鳥を前に、慣れない二人は多少戸惑っていた。しかし思考をすぐさま切り替え、珠魅の女性を抱え、背に乗り込む。
 セティールはカンクン鳥の頭をゆるく撫で、あとで巣周りの手伝いをしに行くと、約束をしておいた。細く、甲高い声で一鳴きした。
「エナンシャルク、か……」
 傍らで呟かれた言葉に振り返る。視線に気付くとエルはなんでもないと、首を振った。哀愁が漂い、少し気になったものの、あまり追求しないでおいた。帝国には大抵みんな良い思いはしていない。
 スカイドラゴンに残るセティールとエルが乗り込み、猛スピードで煌めきの都市へと直行する。
 何もない海を飛行していく。青空に、二つの陰。海は穏やかで、静かすぎた。心地良い潮騒も、風に紛れて届かなかった。
 やがて、周囲に薄い霧が出現した。気にすることなく影は直進する。何かを抜ける感覚。結界を通り過ぎた証拠だった。
 現に、先程まで水平線しか見えなかった世界に、突如、孤島が出現していた。煌びやかな宝石で彩られた城。煌めきの都市。瑠璃達の、珠魅が唯一生き残った集落である。
 
 巨大な来客に一時は騒然となったものの、搭乗していた人物を確認し、平静さを取り戻した。同族はともかく、セティールもエルもここの人達とは親しくなじみ深い。
 しかし依然として水面下の警戒は解かれていない。勿論セティール達に対してではなく、別の来訪者に対してのものである。どよめきながら一同がある方向を観察している。東の海に黒い斑点が浮かんでいた。
 明らかな異常事態が発生していた。眼前を珠魅の騎士と思われる、武装した人間が何人も行き来している。皆慌ただしい。穏やかな都市にはあまり似付かわしくない空気だ。
 パールは介抱した珠魅を、手短な人物に預け、治療の指示を行っていた。
 とりあえず、現状がどうなっているのか確認しなければいけない。先程の男の噂も気になる。
 誰か、指導者であるルーベンスやディアナがいれば一番楽なのだがと、セティールは辺りを見回した。緑色の装束を纏った人物や、赤髪の聡明な横顔が目に付いた。ルーベンスだろうか。呼びかけようと手を挙げる。

「う゛っ」
 けれど呼びかけは遮られた。
 鳩尾に何かが突っ込んできた。悶絶こそはしなかったが、無防備に目覚めの一発は結構くるものがあった。多少よろめくものを感じながら、両手で部位を抑え、鈍痛に耐える。
「瑠璃さん達一体何処ほっつき歩いていたのっ、今都市は滅茶苦茶なのよっ」
「開口一番に謝罪もなしかよ」
 むせながら悪態をつく。胸元に飛び込んできた少女は、上目遣いでこちらを覗き込んできた。真珠姫と同じで無垢な瞳だと、初めて出会ったときそう感じた。印象は今も大差ない。豊かな緑の髪が揺れた。

「あ、セティールさん久しぶりねっ。エルさんもいらっしゃい。そうそうセティールさん聞いて聞いて、あたしね最近やっとレベルが上がったのよ。少し強くなったと思わない?」
 彼女は愛らしい容姿で、可愛らしいとは言えない発言をする。二の腕に力を入れる素振りを見せた。無論、彼女くらいの筋力では、力瘤はでてこない。
「流石に頭突きでレベルは測れねぇし。てかマジで痛かったぞ」
「うーんと、前より2レベルくらい上がった感じかな」
「エルさん正解」
 何というマニア。流石にカニバッシング超越者はレベルも見極める能力でさえ常人とは一線を画いている。因みに別に褒めてはいない。
 少女は楽しげに一回転しながらセティールから離れた。エメラルドの核が輝きを放つ。
「エメロード留守の間一体何があった。それにお前はジオへ戻っていたと聞いたが」
「パール様。それが、よく分からないの。あたしも急に先生に戻るように言われて。ひとまず先に、都市の方の状況を説明するわ」

 エメロードの話は所々脱線したものの、内容自体は非常に短かった。
 周囲を説き伏せ、ジオの学校に戻った彼女は、長い間以前と同様に勉学に励んでいた。だが大体1ヶ月前くらいから、ヌヌザックに都市に戻るように言いつけられたらしい。単位を落とすという脅迫付きだったものだから、渋々エメロードは都市に帰還した。
 更に1、2週間前、瑠璃達がセティール達を訪ねるため都市を離れた頃合いから、頻繁に人間が付近を彷徨くようになった。珠魅狩りの増加に、雲行きが怪しくなったのを勘付いてはいたが、特に対策もせず時期が時期なのだろうと片付けた。こういったものは周期的に訪れるものだからである。実際、前回も暫くしたら沈静化していた。
 そして昨夜の話だ。何処からか現れた帝国の軍人が都市を襲撃し始めた。一旦は上陸させず追い払ったものの、ぎりぎりで均衡を保っている状態だ。いつ崩れるか予測できない。今も海の向こうで兵士がこちらを狙っていた。
 しかし、攻め入るにしては人数があまりにも少ないのが気掛かりだった。遠目にも船の数はまばらである。第一船上と、仮にも地上では燃料や食料の関係もあり、明らかに帝国が不利なはず。けれど彼等は全く引く気配がない。

「蛍姫や、他の姫達はどうした」
「姫や、仮に騎士でも前線向きじゃない人は、今全員最上階にいるわ。蛍姫様の玉石の座で守りを固めてるの」
 確かに蛍姫の玉座の間はかなりの人数を収容可能だ。以前珠魅と一騒動があった際も、あの場に約千人もの珠魅が一斉に復活したことがあった。流石に結構ぎゅうぎゅう詰めになった所はあるものの、避難所としては有効な手段だ。
「エメロード、お前も戻れ」
 彼女は嫌だと言う。何処から持ち出したのか、一振りの剣を取り出して叫んだ。
「いくらパール様の命令でも、それは聞けません。あたしだってみんなと戦えるわ」
「私は蛍姫の騎士だ。しかし、彼女はきっと自分のそばではなく、ここで大勢の仲間を守るよう命じるだろう。自らを省みず他人を愛するのが彼女だ」
 パールは柔らかな眼差しを、エメロードに向けた。
「だから、私の代わりに姫を守って欲しい」
 儚げだが、力強い意志の込められた瞳に射抜かれ、緑の娘はつい顔を背けてしまった。
 まるで真珠姫とパールが重なったように映った。それが、あまりにも綺麗としか表現できないから、恥ずかしくて彼女は正面をまともに見られなかった。

「それって卑怯だわ。ずるい。あたし何が何でも蛍姫様を守らなきゃいけないじゃない」
 むくれてエメロードは意味もなく腕を何度も振った。気が紛れるからだろう。しばし肩を脱力。嘆息の後、彼女は元気よく振り返った。最早一寸の迷いもない。
「じゃあセティールさん達、あたしは一抜けするわ。頑張ってみんなを守ってちょうだい。でも、怪我しちゃ嫌だから、気をつけてね」
「安心しろ、どうせ一番致命傷食らうのは瑠璃くらいだ」
「一番レベル低いからね」
「全く、いつまでも完全には真珠を任せられんな、これでは」
「あんたらこんな時まで俺をいじめたいのか」
 相変わらずねぇと、半ば呆れ気味にエメロードが苦笑した。セティールは彼女の頭を撫で、背中を押した。彼女は勢いよく階段を上り、最上階へと駆けていく。一切振り返ろうとはしなかった。それだけ背後を信頼しているのだ。

「そういえばチョコボちゃんと無事に帰れたかな」
「そこらの魔物より遙かに凶悪だしな。危険を回避しながら、注意して家に帰れって言っておいたし、大丈夫だろ」
 パールの指示で周囲の珠魅が隊列を組み、守りを固める。一階が最も人数が多いはずだが、それでも珠魅狩りで減少した人数は補うことが出来ず、かつ戦力として数えられるのはごく僅かなのが現状だ。相手が少数とはいえ、不安が拭えない。
 穏やかな天気だった。セティールは空を仰いだ。降り注ぐ陽光は温かく、日差しは石の大地で乱反射を繰り返し、煌びやかに輝いている。あまり一点に集中していると、少し目が痛いかもしれない。
 黒い陰りさえなければ、水面は何処までも蒼く、水平線まで遙か彼方に伸び、空と交わっているだろう。青空には雲一つない。自分が足をつけていなければ、どちらが空でどちらが地上なのかが判断しづらい。しかし鮮やかな水平線も、都市から数百メートル離れた先の歪んだ境界線に遮られ、一部ひしゃげている。

 カモメの鳴き声がする。太陽を背に、悠々と泳いでいた。気ままに歌を歌い、こちらの緊迫した空気など知らぬ存ぜぬと言わんばかりだ。
 だが、どうしてここにカモメがいるのだろうか。
 この都市は防衛の為全方位を結界で覆われていた。他者に対して不可視の状態を保ち、尚かつ気配も察知出来ないように配慮してある。また、例え偶然辿り着いても、生命は全て障壁により除外されるはずだった。
 生物はそれぞれ異なるマナの波長を宿している。この結界はその波長を捕らえ、特定の人物のみ通過を可能にさせていた。
 それなのに、どうしてカモメがゆがみの内側で飛行しているのか。

 まずエルが最初に動いた。続いて数歩遅れてセティールが彼女の後を追った。
 希有なことにエルの面持ちは焦燥感でいっぱいだった。基本的に他人に関わることが苦手な彼女は、今までも何度か珠魅の事件で戦いに巻き込まれた経緯からも、セティールが引っ張らない限り、率先して先へは進もうとしなかった。しかし、今はどうだろう。歯を食いしばり、気を抜けば取り乱してしまいそうな様子だ。だからセティールとしてはとても意外だった。
「多分あれなら、裏をかいてこっちからくるよ。ちょっとまずいかもしれない」
 独り言は空気に遮られ、セティールは上手く聞き取ることが出来なかった。気に留めることなく、白金の束を幾度も上下に揺らし、エルは走った。丁度自分たちが集合していた場所とは正反対の、都市の裏側へ急ぐ。
 角を滑りながら曲がり、現れた光景に思わずセティールは舌打ちした。予想は大当たり。最悪だった。
 迷うことなく、素早く腰から大剣を引き抜き、身近の相手に振り下ろす。金属音が散った。

「な……っ、こいつら何処から出現したんだ」
 遅れてきた瑠璃や他の珠魅は絶句していた。
 先程まで船上で確認できた兵士はこちらよりも少数だった。だから少し余裕を持てたのかもしれない。しかし、現在残っているのは確かな危機感のみ。
 都市の床は全面磨かれた宝石が鏤められている。赤石、白石、青石、壁面にも埋め込まれた様々な光が重なり、都市は一層絢爛を増す。その石が、無惨にも重い足で踏みつけられ、脆い宝石類が次々とひび割れ、あるいは砕かれていく。七色の砂が宙を舞う。砂埃にしてはやけに美しかった。太陽の光を浴びて、最後に深く強く輝き、溶けた。
 セティールは重量のある剣を受け流す。出来る限り真正面から受け止めることはしない。確実に力負けすると悔しいほど理解できていた。残りは気合いで無理矢理、人間であれば腕の関節、結合部を叩く。切るとは異なる、不思議な感覚に襲われる。
 相手の腕がもげた。中には何もない。あるのは小さな暗闇だけだ。紫煙が零れた。

「ぼさっとしてないで、とっとと動きなさい! 目的は核なんだから大事なのは先に進ませないこと! 守りを固めなさい! 早く!!」
 エルが吼える。これもまた珍しいことで、戦闘の最中、セティールは一瞬目を丸くした。
 珠魅の一族はやや挙動不審に陥りつつも、我に返り、先刻のパールの指示通り行動を再開した。しかし、どうしても意識がかき乱される。現実に誰もがついて行けなかった。いや、一部は除いておくとしよう。
 何処から沸きだしたのか、少数しか居なかった兵士を何十にも取り囲むように、謎の兵士が漂っていた。通路はいっぱいになり、幾人もの兵士で溢れかえる。都市の端につけられた小船からどんどん上陸してくる。手品か冗談だと目を逸らしたかった。
 片腕の消えた兵士の頭部及び、胴体を二度に渡り薙いだ。細切れになった紫煙が溢れ、空気中へ離散する。
 一息の休憩もなしに、セティールは刃を受け流し、背後に回り込んでいた兵士へ、左足を軸に渾身の蹴りをお見舞いした。無論金属で加工された靴の部分でだ。正面から打ち付けてしまえば、逆にこちらの足が潰れてしまうので、ある程度力は斜めに流す。
 左手で地面を受け止め、反転。瞬間的に高速で移動し、三方向からほぼ同時に攻撃を繰り出す。巻き込まれた2体の鎧が、足下に散らばった。
 傍らでは、エルが無惨に足下を埋め尽くす金属を蹴り払い、前方の兵士へけしかけていた。
 そのままメートルの距離を一足で縮める。懐に潜り込み、弾く。一瞬笑みが零れた。軌道を描き後退する敵と、周囲もろとも、巧みに槍術を操り、幾度も斬りつけ、薙ぎ、払い、突く。あまりの素早さに、衣類の色や、光刃だけが残り、残像が大輪の華を描いているようだった。またの名を百花乱舞。

 しかしいくら押せども、セティールとエルだけでは限界がある。幾人かはみ出した帝国兵が珠魅へ襲い始めた。
 一体その細い腕のどこにそんな恐ろしい怪力が潜んでいるのか。パールは愛用のバトルハンマーを躊躇うことなく兵士の頭蓋目掛けて叩き付けた。破壊された鎧からまたしても紫煙が昇る。
「帝国は亡霊すら使役するという噂は耳にしていた。前の戦争までは正常だったのだが。似たようなものに以前真珠がポルポタで遭遇していたな」
 パールは振り下ろしたハンマーの勢いを殺さず、横に滑らせた。遠心力を得て、威力を増した軌道は触れるものを全て粉砕した。
 流石に斬撃よりも、打撃の方が有効手段だろうなとセティールは感心した。これは切って消耗させるよりも、一気に壊す方が容易い。
「多分こいつら、後ろからこっそり回っている奴がいたんだろ。で、帝国の人間が上陸したから、それを媒体に一気に結界を超えて来たんだな。こいつらポルポタでは自由自在に出入り出来てたし。流石に結界があるとある程度制限されていたんだろ」
 恐らく一気に大量の物体が通過した現象だろう。結界そのものが酷く弱体化していた。これでは不可視の術も、障壁も少々力があれば突破できてしまう。しかし、修理や調整にかまけている暇はなかった。恐らく結界自体は上層部の避難民も察知しているはずだ。エメロード達が何とかしてくれると信じよう。
「じゃあ兵力は無尽蔵ってことか」
「ほぼな。けど一応骨の城で似たような経験したからなぁ。あの時は、確かある程度ダメージを与えれば魂が骨組みから離脱してたから、殺しはしないけど退かせることは可能なはずだ。現にさっきから復活する様子ないしな」
 瑠璃の問いかけに、セティールは肩をすくめた。
 幽体とはいえ、彼等にも触れることは可能だ。つまり、微弱ながら構成するマナが存在している。確実に倒す事は不可能でも、応戦は可能であり、撤退させることも無茶な話ではない。

 しかし禍々しい金属で身を包んだ装束が一体あるだけでも気味が悪いのに、ここまでわらわらしていると、不気味すぎだと、セティールはぼやいた。
「あなたたちはあっちを守って、上層部付近は特に重点的に。あと例え陣形を崩したとしても慌てないで、大丈夫だから落ち着いて立て直しなさい」
 エルは珠魅達に檄をを飛ばした後、何方向にも道を指し示し、行動を促していた。パールとエルの指導には従順に、彼等は散り散り所定の位置へと配置されていく。この間、二人とも動きを止めず応戦しているのだから実に驚異的だ。
 まだまだ適わないと、セティールは一度、目元まで深く帽子を被った。自身に嘲笑するのは止めておいた。数秒で下げた布を押し上げ、彼女たちの元へ向かう。

「ひとまず前衛としてあたしと、セティがいく。パールと瑠璃は左右から。多分今回パールが一番有効的な攻撃手段だから、頃合いを見計らって周囲のサポートにも回って。とにかく無理に攻めなくていいから。徐々に押し出す形で守りを優先して」
「生身の兵士も紛れているみたいだが、あんたらどうするつもりだ」
「亡霊兵士は倒すしかないが、彼等は出来る限り血を流さないように善処しよう」
 瑠璃とパールがそれぞれに散った。残るセティールとエルは前方、亡霊兵士の湧き出す最前線へと足を向ける。
「セティは気付いていると思うけど、今回は剣とか槍とか効果が低いみたいだから、魔法の方が良いかも。広範囲をまとめられるし」
「はいはい、りょーかい。けど勝手に決めるなよ」
「仕方ないじゃない。でも、ごめん一番負担掛かるところで」
 刀身を払拭している暇はない。セティールは大剣を仕舞い、左脇にぶら下がっていた杖を抜き取った。ディオールの木を削り出した一品。因みにエルの作品の一つでもある。実際互いに扱う殆どの武具類が、彼女の作品の数々だ。相手の癖も知り尽くしていることもあり、使い勝手が良いのは確かだった。時々破綻したものが出来上がるが。それは黙認しておく。
 少々萎んだ彼女を2,3度軽く叩いた。
「ま、確かに仕方ないからな。面倒でも付き合ってやるよ。そうすりゃ負担も軽くなるだろ」

 地を蹴る。互いに視線を交わし一度頷いた。それから先は顧みない。
 足場は不安定で、周辺に金色色の金属片が散らばっている。鈍い音が鳴き止まない。厚底の靴でなければ足裏を痛めていただろう。飛び散った金属片にやられて、裾に所々裂け目が生じていた。
 杖の先で数回地面を小突いた。ノームやジンの合体魔法が効果が高そうだが、生憎発動には少々威力が届かない予感がした。あくまでもここは海上であり、まやかしの地表である。何より都市の舗装された床を破壊しなければいけないので気が引けた。
 ロッドを両腕で回転させ、迫り来る敵兵を払う。しかし足止めにはならず、標的目掛け、彼等はこちらへと集結していく。伸ばされた腕をかいくぐり、数メートル駆ける。もう少し引きつけなければいけない。
 あっという間に兵士の群れに完全に囲まれた状態となった。セティールは薙ぎ払われる軌道を逸れ、すぐさま屈んだ。そのまま足を滑らせ、合間に潜り込み、ついでに何体かの足を払う。完全に覆われた上部を、杖の先で勢いよく弾き飛ばす。
 突然の足下からによる襲撃に、亡霊兵士はまともに顎や胴体を打ち付け、よろめいた。背後も兵士で埋まっているため、重心が傾き、全体が振り子のように揺らいだ。

「景気よくぶっ飛ばしてくれ。けど生身の人間だけ気をつけろよ」
 ドリアードとアウラを2体同時に召還した。浮遊するマナの波動を収束し、媒体の杖へと注ぎ込む。溢れた光の欠片は幻影を写し、黄金な花々が咲き誇ったかのようだ。
 セティールは全身を柔らかくし、一気に頭上へと跳躍。垂直に生まれた力の波に乗り、落下しながら破裂しそうなエネルギーを解放する。弾けた。黄金の衝撃は不規則に地面を駆け抜け、合間にあるものを薙ぎ倒していく。衝撃を回避するも、後から襲う風圧に足下を掬われ、転倒するものもいた。転倒した亡霊は全て、エルが拾い、一瞬で離散していく。

 落下する金属の重みに、セティールが足を取られた。察知した頃には1体背面へ無傷の兵士が回り込んでいた。亡霊兵士にばかりかまけていて、生身の存在を意識の彼方に捨て去っていた。抜かった。
 重い足は固まりの山から直ぐには脱出できない。急遽上半身を曲げる。襲いかかる刃が顔面すれすれを横切った。数本、髪の毛が持って行かれただろう。
 重力のまま、セティールは後方へ逆立ちをした状態となった。避けたものの、第2撃の衝撃がくる。今度は腕を狙われた。地から両腕を押し上げ、跳ぶ。若干反応が遅れた。
 片腕の表面を鋭い痛みが奔った。
 左手から、右手へと杖を持ち直し、乱れる意識を集中させ、全精霊の波動を呼び込んだ。セティールを中心に、援護するように8つもの精霊が出現する。精霊は各々主属性の力を放つ。燃えさかり、雨が降り、大地が揺れ、鎌鼬が過ぎる。最後に生い茂る葉に絡まれ、金の矢に射抜かれた。幾重にも重なり、音楽に似た響きが舞う。
 人を除き、全てが蒸発し、鎧も粉々に砕け散った。紫煙が吹きすさぶ風に飲まれ、消失した。生身の人間のみ判定をずらし、ショックを与えただけで昏倒させることに成功した。

 重みで一滴、床に血痕を描いた。ぐちょりと少し生暖かい。あまり冷静に観察したくないが、手袋がばっさりと切られていた。太い血管は逃れたものの、皮がめくれ、赤とも紅とも言えない色が確認できた。自分の体ではあるのだが、非常に気持ち悪い。セティールは思わず口角が引きつってしまった。
 ポケットから布きれを取り出し、左腕にきつく巻き付ける。大したことはないが、自己治癒力の向上した今、早めに止血、治療をすませておきたかった。先刻の魔法は精神的な消耗は激しいものの、恩恵としてこちらの身体能力が飛躍的に上昇する効果があった。無論一時的ではあるが。
 気が付けば、兵士の数が減少しつつあった。
 数メートル前方に、瑠璃がいた。四顧すれば、辺りの兵士の減少に伴い、隊列を変更していた。瑠璃達も持ち場を離れ、全体の補佐に徹していた。
 珠魅の何人かは組で兵士と争い、逆に敗退しているものも見受けられた。誰もがぼろぼろで傷を負っている。
 唯一の救いは今回の襲撃者が亡霊兵士だったことだろうか。もし全て生身だったら全員無傷とはいかない。こちらとて手加減も出来ず、今頃地獄絵図が広がっていたに違いない。あの時のように。沢山の何かが転がっていただろう。
 しかし兵士の血の臭いか、珠魅の負傷者のものか、入り交じった鉄の臭いが一帯を包囲している。潮の匂いでは誤魔化しきれない。逆に異臭と化している。
 足下から通路の端まで黄金の鎧が散乱していた。無惨にも砕かれた宝石と交じり、夕日を浴びて銅色を発している。床や壁はひび割れ、抜き身の刃が地面に散らばり、その上を何人もの兵士や珠魅が倒れ込んでいた。

 戦いにおいて恐ろしいことは感覚が麻痺してしまうことだ。実際誰が倒れていようと、都市が崩されようとも、あまり意識に浸透してこない。気にせず残骸を踏みつけているのが証拠だ。セティールは溜息をついた。浸るのは、全てが終わってからでよい。
 一度呼吸を整える。興奮により敏感になった鼓膜が、正常な音を拾い始めた。三半規管のぶれも収まっていく。
 治ったところで前方、瑠璃の元へ駆け寄った。彼の砂塵のマントが戦いの影響でか細かく裂けていた。至る所に浮かぶ切り傷が非常に痛々しい。
「本当にキリがないな」
「けど明らかに数が減ってるぞ。あと一息だ」
 瑠璃が負傷した左腕を一瞥した。滲んだ血液は全て凝固し、既に回復しつつある。無理に動かせばまた傷口が開くだろうが、精霊のマナの恩恵は偉大だなとつくづく身にしみる。
「珍しいな、あんたが怪我するなんて」
「怪我なんてしょっちゅうしてる。まぁ、これは油断というか、傷付けないようにするって難しいんだなと」

 成る程と納得しながら、彼は己に向かう剣を無意識に受け止め、切り返した。
 エルとパール姿はセティールが確認できる範囲内にはいなかった。
 不意に、足下に気絶した肢体がぶつかり、瑠璃が転びそうになっていた。重々しい空気の中、指を指してからかおうかと思ったセティールだが、改めて下方を眺め、眉を顰めた。
 幸いにも寸前から敵影は少ない。セティールは屈み込み、相手の胸ぐらを掴み引き寄せた。敵の呼吸は浅く、意識はない。外傷としては無傷ではないが、命に別状はないはずだった。しかし、問題が浮かんだ。

 この男は一体誰だろうか。
「こいつ、何処から潜り込んだんだ」
「俺に聞くな。知るかよ。――さっき瑠璃達といた方角の船は幾つあったか覚えてるか。全員が確かに帝国兵だったかお前、見てたか」
 瑠璃はかぶりを振る。思い出そうにも記憶が曖昧で、残っていなかった。焦燥感に襲われる。
「すまん、失念していた」
「いや、俺もそんな可能性ねぇって見落としてたしな。でも戦況はまずいぞ」
 手を離す。重い体がどさりと砂埃を立てて倒れた。余程深いのか、覚醒の気配はない。
 腰元にぶら下がる、短剣や道具類。明らかに鎧を纏っていたとは思えない、軽装だ。どうして帝国の人間以外がここいるのか。
 内心セティールは自分に腹が立っていた。思考がそこまで回らなかった事実を叱咤する。先程カモメが紛れ込んでいた際、気付いていたはずだった。視覚的な効力も、物理的な障壁も、結界の効力が薄まっているはずだと。破られた瞬間、いつ、誰が、ここに紛れ込んでも不思議ではないのだ。
 セティールは己の杖をベルトにくくりつけた。
「悪い、もしかしたらエルやパールが動いているかもしれないけど、一旦離れるな」
「どうした。また前と同じで嫌な予感でもするのか」
 左腕を確認し、傷口の状態を見る。何度か緩く腕を動かした後、掌を数回開く。流血量の割に案外傷は浅かったらしい。これならば動かしても何ら弊害はなかった。

「正解」
 発言までの躊躇いは数秒。
「行ってこい、あんたの勘はこういう場合外れたためしがない。ここは俺とパールで食い止める」
 言って、瑠璃は左方の彼方を指した。いないと思っていたパールが健闘していた。となると、不在なのはエル一人となる。
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素敵企画を発見したので思わず。



本編目次

全14話予定

セイレーン編
第0話 世界の象徴
第1話 長くも短くもない一日( )
第2話 人魚の願い( )
第3話 鳥乙女の願い( )
第4話 寄り道道中( )
第5話 閑話休題( )
第6話 煌めきの都市防衛戦( )
第7話 旧時代
第8話 人形の願い
第9話 少しだけ長い一日

聖域編
第10話 鏡面世界
第11話 とても短い一日
第12話    の物語
第13話 聖域へと至る軌跡
第14話 ふたりぼっち
エピローグ

以降小出しにて更新中(現在第7話迄)



番外編目次

【時間軸】
ゲーム本編中:

サイト本編中:
現実と理想の差異による只の散歩
サイト本編後:
瑠璃くんの無駄に長い一日



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