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5.閑話休題 前編

2009.02.13 *Fri
「頭の2スペルをとって、エル。ELでエル」
 そうやって、名前を付けたんだ。



「少し、昔の話でもしようか」
 黒い天鵞絨の中から一際濃い陰が蠢く。前方には巨大なオルゴール。箱が開き曲が流れ始めた。旋律が空間に響き渡り、自身も聞いているはずなのだが、いつも曲を忘れてしまう。瞬間は良い音と感じながら、数秒で忘却の彼方へ消えてしまっていた。
 暗闇なのに、どうして姿が見えるのか不思議だった。
 セティールは改めて己を顧みようと掌をかざすが、見ることは叶わなかった。感覚の境界すら曖昧だ。そして思い出した。自分は眠っているはずだと。
「悪趣味だな。他人の夢に進入するのはベルくらいだと思ってたぞ」
 バクを連れ、夢をむさぼるベルに遭遇してしまったときのショックが一瞬脳裏に過ぎった。あれは衝撃的な光景だった。出来れば二度と夢の中では搗ち合いたくない。流れ星が叶えてくれるなら真っ先に願う程だ。

「少年には結構無茶をする両親がいました。彼等はよく家にいませんでしたが、それでも十分幸せでした。実際は不満だらけらしいけどね」
「いや、そこまで完全にスルーされると流石に傷付くんだけど」
 ポキールは視線を合わせなかった。彼にはこちらが映っていないのかもしれない。身体ごと、90度そっぽを向いているのが証拠だ。彼はあくまで彼の役割を全うする為動いている。
 ではこれは誰の為に語っている物語なのか。
 不意に景色が色を持つ。しかしあくまで自分の姿は見えない。風でも吹けば飛ばされそうな浮遊感。
 どう控えめに見ても、セティール自身の家が広がっていた。通常より遙かに高い目線から、階下を俯瞰する感覚は奇妙だ。
 階段から誰かが下りてくる。セティール本人だった。

「そもそも彼と出会ったのはどうしてか、君は覚えているかい」
 覚えているも自分自身なんだがと反論しようとして、無駄と悟り黙止した。
 返答はない。ポキールは続ける。
 画面が切り替わった。今度は先程よりも昔の映像だ。壊れてしまった置物に、家具の配置に、見覚えがある。随想が脳を刺激した。
 セティールは相変わらず今のテーブルに肘を乗せ、退屈げそうだ。ペットの雛、まだ卵から完全に出ていないそれを指でつついている。記憶が正しければ、今も変わらず生き続けているチョコボの雛だ。
 親が相変わらず2人で旅に出てしまい、とてつもなく暇だったのだ。近所にも同じ年頃の子供はなく、完全に1人だった。
 初めて旅に出てみよう、決意したのはこの日。

「彼は旅に出るというものがどれほど危険を伴うのは、そうだね、例えば赤子の爪の先程も理解していなかった」
「うるせ」
 無論、返事はない。
 思いつきの行動であり、自分の外出中にもし両親が帰宅したらさぞ驚くだろうと、子供ながらに仕返したかったのかもしれない。今となっては理由さえ回顧できない。
 いや、違う。
 理由ははっきりと覚えている。

――いつの頃か、両親が日常の枠から外れていた。
 幼いセティールは指先でチョコボの卵をつついていた。飽きたのか、頬杖を崩し、机に俯せになった。眠いわけではない。眠気などない。
 家事は一通り終わった。掃除、洗濯、あとは今日の夕飯の献立くらいだ。全部一人でこなしてきた。こなしていたと当時の彼は信じ切っていた。いわゆる反抗期である。
 先程様子を見にやってきたジェニファーは既にドミナに帰った。別に来なくても大丈夫なのだが、正直彼女には感謝している面が強いので、無下にはできなかった。第一娘のレイチェルがいるのだから、そちらを優先して欲しい。ようやく4歳かそれくらいになったばかりなのだから。今が一番目が離せない時期である。
 両親がこの地に住居を構えたのはセティールが生まれる1年程前。空き家だったこの家を改装し、暮らし始めた。幼い頃こそ常に側にいたが、今では両親が家ににいる方が希少である。
 ジェニファーに迷惑を掛けないよう、見返したいから家事も全部こなせるようになった。ただ両親に褒めてもらいたかった。そんな心情とは裏腹に彼等はより一層距離を置いた。仕舞いにはセティール自身も当初の気持ちを忘れてしまっていた。
 両親は生粋の冒険家だった。曾祖父もそうだが、二人とも事故で亡くなっている。第一、セティールが誕生するまで両親は家を構えることすらなかった。
 そんな旅人の血が濃い家計のはずなのに、何故か自分だけ、連れ出してもらえなかった。旅がどういった物なのか、話してもらったことすらない。
 セティールは唐突に手を止めた。
 さて、今この卵を転がしたらどうなるのだろうか。きっと割れて、床に中身が飛び散るのだ。なんて物騒な妄想に耽る。
「……買い物いってこよう」
 財布とショルダーバッグを背負い、とぼとぼと出て行った。
 鈍い音を立てる蝶番がうるさかった。



 ドミナの町へ到着するなり、寄り道もせず、勢いで二日分の買い物を一気に済ませてしまった。セティールは溜息をついた。
 両手で抱えたパンが非常に邪魔だった。もう少し大きくなれば軽々と持てる物も、小さな身には運搬する行為すら苦労した。因みにショルダーバッグには野菜や、お裾分けで貰った生み立て卵等が溢れていた。
 好意自体はありがたいが、少しだけ苛ついた。ドミナの町は子供がいなく、しかもセティールがほぼ一人で暮らしている状態だとは周知の事だった。だからこそ、哀れんでか色々物を貰う機会が多かった。住民としては、町外れの丘で、毎日子供らしく遊ぶこともせず、一日中生活するセティールを不憫に感じてのことだった。
 けれど本人としては同情される方がよっぽど辛かった。
 きっと今日も明日も同じ日々が続く。実につまらない。
 ふと、足を止めた。

「なんだろう、この音」
 噴水公園から奇妙な音が流れてきた。水と、何かの楽器の音色だ。
 食材の量からやや躊躇したものの、荷物を抱え直し、行き先を変更した。
 ドミナの町にある公園は名ばかりで、普段、住民は通り過ぎるだけで実際に利用する人間は少なかった。公園の中央に翼を模した彫像と噴水がある。それらを中心に広場は円形状を描いていた。
 音の出所は直ぐ判明した。

「やあ、こんにちはセティール」
 奇妙な人物に声を掛けられた。頭からつま先まですっぽりとローブで身体が覆われている。しかし不思議と恐怖は感じなかった。声からして彼だと思われる人物の隣に巨大なオルゴールがあった。一体どうやって運んでいるのだろう。着眼点がずれていた。
 蓋の開いたオルゴールからは星屑が流れ落ちていた。精霊が宿っているのかもしれない。
「僕のことは町の人から聞いたの」
 セティールは切り返した。何故だろう、目の前の変な人間が笑ったように思えた。無論フードで表情は伺えない。
「おや、驚かないんだね」
「いつものことだもん。うるさいなとは思うけど、仕方ないし」
「ああ、見事にすれているようだ」
 きいきい螺子を回す音がする。良い曲だと感じているのに、不思議と数秒前のメロディーが記憶からすっぽり抜け落ちていた。一曲聴き終わる頃には一曲分聴いていなかった。

「おじさんは外からきたの」
「そう、旅。こうして詠いながら、鳥や木々や大地の声を聞いているのさ。君のことはここのベンチが話してくれたよ」
 旅をしているという下りは多分嘘だと思った。彼がオーバーな程両手を広げ語ったからだ。後半はどうだろう。
「おじさんって、頭変なの」
「今は分からなくて良いよ、いずれ知らなきゃいけない時がくる」
「やっぱりよく分からないよ僕には」
 腕が疲れてきた。力の抜けた腕で袋が傾く。危うくパンが落ちかけた。
 セティールは荷物を抱え直し、帰ろうとした。会話内容も意味不明で特に収穫はなかった。

「ああ、そうそう。ところでキミは知っているかい。マナの樹を」
 足を止めた。
 懐かしい匂いがした。オルゴールの螺子を回す音がする。またあの曲が流れてきた。この曲はさっきと同様のメロディーだっただろうか。忘れてしまった。
「マナの樹。それは遙か昔焼け落ちてしまったとされ、誰も覚えていない、思い出そうとしない伝説の樹。大いなる力を秘め、彼恩恵を受けることができればどんな願いも叶えられるとも伝えられている。一般にはね。あれは全てを与える者であり、おかげで人によっては厄災の元とも言われる」
 セティールは顧みた。
「おじさんは見たことがあるの」
「キミが見たことがあると思えば見たことがあるし、ないと思えばきっとないのだろう」
 セティールは怪訝な目を向けた。先刻からはぐらかされてばかりで少し腹が立っていた。パンでも投げつけてやろうか。

「世界は広い。しかしキミの目に世界はない。そう、世界はイメージでできている。……これをあげよう」
 奇妙な人物から奇妙な包みを渡された。中にはミニチュアの錆びた車輪やよく分からないものが沢山詰まっている。正直両手がいっぱいなので、これ以上荷物が増えるのは好ましくないが、返品する気にはなれなかった。
「イメージするといい。そうすればきっとキミの世界は広がる。草人達も待っている。キミはキミ自身の力できっかけを手に入れる。それはやがて世界に大きなきっかけを与えることになる」
「これ、何」
「アーティファクト。様々な想い、願い、悲しみ、人生、力が記憶されている。キミはまだ何も見ようとしてない。だから世界はキミの家とこの町しか存在していない。けれど世界は広い。キミは目を開けて、見つめれば良い。これはそのきっかけ」
「結局どうすれば良いのさ」
「イメージすれば良い。そしてその中の想い、世界を汲み取れば、きっと変化が起こるだろう。この町にも世界にも変化が起きる。目覚めさせる度、きっとこの町に新たな旅人がやってくるし、誰かが旅に出る。それは良い流れなんだ。キミのご両親と同じさ」
 彼はオルゴールを閉じた、音がやんだ。
「不思議に思わなかったかい。この町の人達が誰一人、外の話をしないことを」
 ごとりと、錆びた針が回り始めた。



 そう、両親はきっと最初から世界が見えていたのだ。
 早鐘を打つ鼓動を押さえ、セティールは勢いよく玄関に飛び込んだ。扉を閉めないまま、荷物は小袋以外全てテーブルに置き去りにし、屋根裏部屋へと駆け込む。
 包みの中、ゴミみたいな小物の山に見覚えがあったのだ。
 舞い上がる埃でむせた。ここ数年掃除などしておらず、蓄積した怠惰が裏目に出た。しかし手を休めず、一心不乱にセティールは目的のそれを探索した。

「あった」
 埃を被ったテーブルの奥に、放置された細長い箱。幸い鍵は昔のまま直されていない。セティールの手には大きいものの、近くのテーブルまで運んだ。
 蓋を開ける。中は世界地図が描かれていた。世界といっても恐らくここ辺り一帯分しかないのだろう。それでも十分広く、枠はテーブルからはみ出した。よく観察すると、うっすらと世界地図の上を升目で区切られていた。
 小物が鎮座している。丁度枠に収まる形で綺麗に整列されていた。埃も汚れもない。
 幾つかある中で、目にとまったのは鐘状の小さなランプ、獣の顔をしたメダルに燭台や積み木、そしてポスト。例外として飾られず升の外に無惨に転がっているものもあった。ルビーだろうか、鮮やかな宝石がやけに印象的だった。
 受け継がれた血の所為か、自然とセティールは積み木がドミナの町、ポストがこの家なんだと漠然と理解していた。
 きっとこれがアーティファクトと呼ばれるもの。誰もが無意識に扱え、けれど今では誰も使えない代物。
 アーティファクトは力の源。けれど今解放するのは力じゃなく込められた記憶。
 小袋から車輪を取り出した。誰もがゴミにしか映らない。しかし何処か力強い温かさをセティールは感じていた。
 この車輪が現役の頃、走り続けた街道が浮かぶ。掌に包まれる小ささではなく、記憶のそれはセティールの身の丈に届きそうな巨大なものだ。
 何一つ整備されず、地面はでこぼこと常に起伏との戦いだった。それでも誇らしく、素晴らしい道のり。多くの人間とすれ違った。幾度も戦闘に巻き込まれた。
 最後には車体が寿命を迎え、壊され、捨てられた。
 ずっと眠っていた。拾われるまで。その場所の名はリュオン。

 そう、リュオン街道だ。
 突然の突風に屋根裏の窓が開いた。セティールはゆっくりとした足取りで窓辺へと誘われた。何故か泣きたくなった。
 するとどうだろう。今まで自分は上空から世界を眺めたことがあっただろうか。
 眼下にはドミナの町とこの家をつなぐ路が増えていた。一つは町へもう一つは森へと伸びている。遠くには別の町も見える。海もあった。
 ああ、こんなにも空が蒼いのだ。
 セティールは窓を閉めることなく、階下へと駆け下りる。暢気に一段一段降りていられない。途中から一気に飛び降りた。衝撃で足が痺れた。それすらも堪らなく嬉しい。
 小さな小さな箱庭。箱庭の中で繰り広げられる、遊戯。
 果たして遊び手は誰で、駒は誰なのか。

「どこいくの」
 いつの間にか、玄関先にサボテンが立っていた。歩くサボテン。鉢植えから出たがらない彼にしては奇異であるが、セティールにとってはどうでも良かった。
「うん、サボテンくん、世界を見に行くんだ。そう、僕は自由なんだ」
「あぶないよ」
「大丈夫大丈夫、きっとなんとかなるって。ほら食料だって鞄に詰め込めば何とかなるし」
 そんなことどうでも良かった。
 ショルダーバッグから卵や野菜を取り出し、適当に詰め込んだ。予想以上に入らなかったものの、きっと道ばたに木の実も生えているだろうし何とかなると、安直に考えた。そんなことよりも外に出たかった。
「ちがうよ、出たいならおとーさんとおかーさんに、そうだん」
「なんでだよ、全然僕のこと連れ出してくれなかったのに。なんで今更」
 どうでも良かった。
 セティールは外に出たかった。
 きっとサボテンくんは気付いていたのだ。

「連れていってって、セティール、おねがいした? しらないよ、いままで」
 言葉に詰まる。反論したくても、あまりにも図星で、想像すらしたことない事実に狼狽えた。無垢な丸い目を見つめていられなくて、逸らす。
 外に出たかった。
 あと一歩だった。
 セティールは拳を握りしめた。
「それでも、僕はもう一人で大丈夫なんだ」
 残ったのは苛立ちと焦燥。準備途中の鞄を引っ掴む。
「なんで、今頃、なんで邪魔ばっかりするんだ、みんな、邪魔なんだよっ!」

 睥睨し、啖呵を切った。セティールはサボテン君を振り切り、飛び出した。振り返らなかった。
 荷物はショルダーバッグの僅かな食料のみ。武器も、ランプも何もない。衣類だって普段着のままだから、奔る毎に素肌に切り傷が増えた。
 つい先刻まで、自分は空も飛べるくらい幸福だった。
 きっと空なんて簡単に飛べた。けれど今では走る足すら重くて動きづらい。
 ただ哀れだった。なんて惨めだろう。なんて情けない自分。
 慨嘆する自身へと向けられた感情を、拭うように闇雲に走る。奔る。
 日が傾いたのも気付かず、何処を進んでいるのかも分からず、駆け抜けた先。走り疲れたセティールは小石に躓いて転倒した。起きるのが酷く気怠かった。顔面が地にぶつかり、擦れた。少し痛い。
 そして頬に触れる土と鼻腔を刺激する匂いが、見知った土の感覚でない現実に、セティールは飛び起きた。周囲の景色も、見覚えがなかった。恐らくは街道。同一の色彩、同様の景色が果てしなく継続した路がある。荒れ果て、脇に逸れれば獣道すらない。
 果たして自分はどの方角からやってきたのか。
 漠然とした恐怖を覚えた。生まれて初めて知らない土地にいるという恐れ。
 手に触れる土の感触も、空気の匂いも、空の色も、記憶になかった。
 自分しかいない。きっと誰もいない。だから自分の身は自分で守るしかない。けれど武器がない。扱い方も知らない。

 背中に感じる気配なんて、なくなってしまえと心底願った。
 恐る恐る顧みる。全身が小刻みに振動し、息が上がっている。視界の端に蠢く蔓のようなものが入り、戦慄し後退ったが、叶わなかった。腰が抜けて力が入らない。悲鳴も小さく喉の奥に詰まっていた。
 緩やかに膨らみを描いたフォルム。てっぺんのつぼみから黄色い花粉が舞っていた。
 確かあれに触れると痺れて、最終的には養分を抜かれるんだと、冷静に書物の内容を回想する。しかし対処法が分かってもこちらは丸腰の上動けないのだ。なんと役に立たないことか。
 ああきっと、自分はここで死ぬんだ。自然と乾いた笑いが零れた。最早嘲笑にもならない。

「…………?」
 気付いたら目の前に抜き身の刃があった。尖った先端が鼻先に触れる寸前で静止した。恐怖のあまり発狂を超えたのが救いだ。突拍子もない出来事の連続で、脳が現実に追い付いていない。
 一呼吸の間に植物型の魔物が薙ぎ払われた。身体に体液が跳ね返ってきた。息が苦しい。何度も何度も呼吸を繰り返す。
 魔物が地に伏した。身体の中心から横に裂け、徐々に萎れていった。
 何処か遠い、一枚のフレーム越しから眺めている感覚だった。
 影が差した。震駭が解けないまま、仰いだ。
 少女がいた。年齢はセティールとほぼ変わらないだろう。けれど右手には身の丈程の長槍を構えていた。間違いなく眼前の少女が先程の植物型魔物を退治したのだ。
 纏う空気の違いに衝撃を受け、同時に僅かに劣等感をセティールは抱いていた。同年代と思われる人間同士なのに、こうも雰囲気が異なるのか。
 しかしそんな感情も、解放された安堵感により、知らず知らず胸中の奥底に仕舞われてしまった。

「ありがとう、助けてくれて」
 何故か少女が一驚し、眼差しを向けてきた。一拍後、頭を振り、ややぎこちなく彼女は笑った。
 躊躇いがちに手を差し出された。けれどセティールは恥ずかしげに顔を逸らした。少女は最初こそ怪訝そうだったが、事情を察したらしく何も追求してこなかった。
 腰が抜けたままで立てないのだ。恥ずかしい話である。
「わたしは頼まれただけだから、あの子に」
 己の台詞に対する返答とは最初結びつかなかった。お陰で反応が遅れた。
「気付いてた? ずっとあなたの後ろにいたんだって」
 重心の軸をずらし、少女は身体を横にスライドする。先刻まで陰に隠れて気付かなかったが、背後に誰かがいた。
 彼の手や足先は傷だらけで、自慢の棘も欠けてしまっていた。天辺の花もささくれて、格好だけならセティール以上にぼろぼろだ。小さな歩幅でゆったりと近付いてくる。足も汚れきっている。
 一挙一動にただ注目した。

「セティール、だいじょうぶ?」
 棘で頭を指さないよう、軽く触れる程度に彼はセティールの頭を撫でた。棘なんて殆どもう残っていないのにだ。
 顔も、身体も泥だらけ。彼はセティールと違い背丈も違う。ましてや歩幅が違う。
 いくらセティールが子供とはいえ、彼がそのスピードに追い付くのにどれだけのものを捨て去ったのだろうか。同じ道を歩くのがどれほど困難だっただろうか。何度も転んだに違いない。顔周りの棘は削れ、何度も打ち付けた痕跡が物語っていた。
 決して挫けず、途中で諦めもせず、彼は追ってきた。自宅でのやりとりを含めれば、恨み言の一つや二つも口にしたい気分にならないのか。
 けれど彼が真っ先に口にしたのは、大丈夫かと相手を気遣う言葉だった。

「自分がぼろぼろのくせに、相手のこと、気遣う余裕なんてないだろ……」
 先刻以上に情けなかった。酷く自分が惨めだった。抱きしめたサボテン君は非常に戸惑っていた。自分の棘でセティールを傷付けてしまいそうだったから。
 実際の棘は全て丸く削れ、セティールを傷つけるほど鋭利ではなかった。
 それに例え傷ついてしまっても良かった。そんなことセティールにはどうでも良かった。
 外に出ることも、誰かを見返すことも、今はどうでも良かった。
 泣き続けた。全身の水分が流れ、溢れきってしまうくらい、潸然と涙が頬を伝う。
 何年も長い間蓄積した涙が枯れるまで、サボテン君は黙ってセティールの頭を撫でていた。
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プロフィール

やなぎめし

Author:やなぎめし
最近の迷言:いつだって難産



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絶賛応援中


素敵企画を発見したので思わず。



本編目次

全14話予定

セイレーン編
第0話 世界の象徴
第1話 長くも短くもない一日( )
第2話 人魚の願い( )
第3話 鳥乙女の願い( )
第4話 寄り道道中( )
第5話 閑話休題( )
第6話 煌めきの都市防衛戦( )
第7話 旧時代
第8話 人形の願い
第9話 少しだけ長い一日

聖域編
第10話 鏡面世界
第11話 とても短い一日
第12話    の物語
第13話 聖域へと至る軌跡
第14話 ふたりぼっち
エピローグ

以降小出しにて更新中(現在第7話迄)



番外編目次

【時間軸】
ゲーム本編中:

サイト本編中:
現実と理想の差異による只の散歩
サイト本編後:
瑠璃くんの無駄に長い一日



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